まだまだ太平洋の向こう、沖合いもいいトコという遠くにあって、
しかも人のジョギングペースという
凄まじいまでのノロノロっぷりで進んでいるとかいう台風なのに。
もう既に、あちこちでその影響とやらが及んでいるのだそうで。
風は強いわ、いきなり大降りの雨も降るわ、
冠水した道路には停めてあった車どころじゃない、
どこのお宅から流れて来たやら、
ブラウン管型の大きなテレビもどんぶらこしていて。
「もしかしたら、いい機会だってことで、
どさくさ紛れに“捨てた”奴がいたのかも知れんがな。」
「え、なんで?」
だから。
リサイクル法ってのが出来て、
テレビや冷蔵庫や、
処分するのにお金がかかるようになっただろうが。
うん。
その上、地デジ化になったんで、
デジタルテレビじゃないと観られなくなったんでって、
已なく買い替えた奴の中にはよ、
「好きで買い替えたんじゃねぇしとか勝手なこと言って、
そこいらに内緒で捨ててくような、
そりゃあそりゃあ悪い奴がいんだってよ。」
「え〜〜〜っ、そんなしたらいけないのにっ。」
セナも、ママにいつも言われてるもん。
キャンディやガムの包み紙とか、菓子パンの袋とか、
そこいらに捨てて来ちゃいけませんて。
うんうん、そうだよな、
いけない奴には違いねぇよな…と。
何とも かあいらしい主張に
相槌を打ってやってた子悪魔、もとえヒル魔くんだったが、
「それにしても遅せぇなァ。」
朝見てたテレビの話はともあれ、窓のお外も結構な風なようで、
桜やサザンカの木が、もんどり打って揺れている。
彼らの通う小学校も昨日が始業式で、
特に問題もなく無事に二学期が始まったはいいのだが、
その台風の影響で途轍もない風が吹くものだから、
今日はいきなり、全学年が短縮授業。
出来るだけ近所の子らと一緒に帰りなさいねと
先生がたが声を掛ける中、
こちらの坊やたちは、例によってお迎えを待っておいでなようで。
「セナも一緒していいのかなぁ。」
「いいに決まってんじゃんか。」
秋に入って、
高校生アメフトボウラーたちはいよいよの本戦へと大忙し。
何たって春大会は関東大会止まりだったが、
こっちはクリスマスボウルへと続く道だけに、
各チームとも気合いが違う。
常勝の王城へと練習試合を持ちかけたところ、
こちらの子悪魔坊やが尻を叩いて鍛え上げたカメレオンズは
これまでの不良集団じゃあないというのは周知の事実だったため、
“それでも、
人数やシフトにハンデつけてって格好ではあったが。”
お相手願えるという運びになったので、
いつものようにお迎えを待ってる二人であり。
葉柱がセナ坊も一緒に、
王城のグラウンドまで送ってく手筈になって…いるのだが。
「ここにはまだ、そんな雨なんて降らないよね?」
「ああ。」
なんか関西のほうにズレてってるって言うからなと、
モバイルでお天気サイトの天気図を呼び出すヨウイチくんなのへ、
「じゃあ、あの消防車とか救急車って何だろね。」
「はい?」
窓の外の、グラウンドのずっと向こう、
正門のお外はすぐに大通りとなっており。
国道や幹線道路というほど交通量はないものの、
それでも朝夕は、抜け道扱いで通る車も増えるのでと、
PTAの皆さんが交替で交通安全の監視員として立ってたりする、
微妙に困った事情のある小学校。
その正門の向こうを、
赤いのと白いの、働く車でお馴染みな特殊車両が、
サイレンを鳴らしつつ駆けてったのを。
あんよが速いだけじゃない、
お眸々もずば抜けていいセナくんが、しっかと目撃しておいで。
「事故か、熱中症とかで具合が悪くなった人とかじゃねぇのか?」
「うっとぉ。うん、はしご車だったもんね。」
火事の時のポンプ車じゃなかったよと、
動態視力もなかなかな おチビさんだったがゆえの
お言いようが返って来て。
風の唸りの音が物凄くって、
時々 すぐ傍のテラスを、
ペットボトルや何かがカラコロと音立てて転がってく風の強さであり。
そんなせいでか、サイレンの音も遠くに感じられたほど。
かんからコロコロ、軽やかな音を聞きながら、
“妙な事故じゃああるまいな。”
道路封鎖とかされちゃあ洒落にならんぞと、
今になって“う〜むむ”と口許をひん曲げたヨウイチくん。
携帯のボタンをぷちぽちっと操作して、
次に呼び出したのは、大人でもそうそうアクセス出来ないだろう秘密の画像。
“えっと、西のほうへ走ってったから、と。”
どこのサイトなんだか、まずは地図を呼び出して、
そのあちこちへとサムネイルで映し出された画像を見ていったのだが、
“……………お?”
中の1つへ“えっ?”と眸を見張ったのも一瞬のこと。
机の上へと出していたランドセルを引っつかむと、
「セナ、急ぐぞ。」
「え? なに何なに?」
そちらさんは待ち遠しかったか、既に背中へカバンを背負ってたお友達。
そうだったのをこれ幸い、急ぐぞと手を引いて教室から外へ出る。
戸締まりしてないの、ごめんなさい。
上履きのままだけど、ごめんなさい。
だって大急ぎなんだもの…と、謝る様子もないままに。
脇目も振らずに駆け出した小悪魔さんだったのは…………。
◇◇
泥門市には“黒美瑳川”というのがあって、
何級河川だったか、一応は地図にも載ってるだけはあり、
流れも川幅もちょっとしたものではある代物であり。
そんな川に架かってた橋の上、結構な人だかりが出来つつあって。
「なんだ、どした。」
「なんか風に煽られて、
バイクだか車だか、下の川へ落ちたって話でね。」
「えええ? 車はないだろ、まだこの程度の風だしサ。」
“その前に、欄干壊れてないしな。”
ここから先へは入っちゃ行けませんという黄色のテープを張り渡し、
背伸びしながら携帯の写メを構えてる野次馬たちがぎゅうぎゅうと押すの、
何とか押さえてるお巡りさんの足元を擦り抜けて。
「あ、これっ! そこのボクっ!」
「ごめんなさい、でもパパかも知んないのっ!」
駆けて来た加速を緩めもせずに、
膝をついての低い態勢になって、
お巡りさんの膝の真横をしゃがんで擦り抜け。
そのまま身を起こすと、タタッと駆け出し始めつつ、
肩越しに謝るという一連の動きの手際のよさよ。
『ラインバッカーさんを避ける てくにっくの1個だもんねvv』
小柄なことも手伝って、
大人に立ち塞がられたくらい、別段 苦にもならない恐ろしさよ。
当然セナには無理なので、
そこで待ってろと言い置かれ。
野次馬さんたちからも ちょっと離れたところ、
橋のたもとでランドセルの番をしながら、
ヨウイチくんが置いてった携帯の画面を見ておれば、
「ふわぁ、ヨウちゃんたら、こういうものも呼び出せちゃうんだ。」
「あ、桜庭さん。」
顔見知りがいると駆け寄ってくれたらしいのは、
王城高校の桜庭さん。
セナくんが眺めていた携帯の液晶を
物凄く背が高いのうんしょと折り曲げ、一緒に覗き込みながら、
先に来ていて知ってたところを話してくれて。
「それがサ。」
橋から落っこちかけたのは、自転車に乗ってたという小学生で。
一気に下へと落ちた訳じゃなく、
転がり落ちかけた自転車のどこかが、欄干に挟まって止まっての宙づり状態。
こりゃあ大変だと下の河原を覗いて見れば、
いかんせん、雨のせいだろ水量が増していて、
大人が回って受け止めるというのもなかなか難しく。
消防車を呼びつつ、
頑張れよと居合わせてた大人らが声を掛けてやってたのだが、
「小学生だもん、腕の力も知れててさ。」
丁度 彼らが通りかかったおりには、次の段階へと進んでおり。
お迎えに来かけていて通りすがったのだろ、
どこぞかの族の総長さんが、
落ちかかってった坊やを、
長い腕を活かし…すんでのところで掴み止めたはよかったが、
「選りにも選って、自転車が坊やの足に絡まるとはね。」
正確には、荷台にくくってた何かしらがあり、
そのくくり紐がスニーカーに絡まっての、
揺すったぐらいじゃあ落ちないと来て。
「葉柱くんて、無自覚ヒーローだからねぇ。」
自分も逆さまの宙ぶらりんとなりながら、
自転車の重さで足が痛いと泣き出す坊やを励ましながら、
片手も貸してやっての、
何とか“よいせよいせ”と坊やに自分の胴を登らせ、
やっとのことで
絡まってるところに手が届くまでという位置になったものの、
「足だけで橋桁下の構造部分にしがみついてて、
よくもあそこまで粘れるよねぇ。」
膂力だけじゃあない、
腹筋背筋もとんでもなく鍛えておればこその偉業であり。
ご本人も頭に血が上って大変だろに、
黒髪のセットが崩れるのも厭わずの大奮闘の末、
「おおっ。」
「とれたっ。」
ご丁寧にゴム入りのバンドだったの、
何とかほどいて外した自転車、眼下の川の流れへ突き放したらしく。
班を組んでのロープで数珠つなぎになり、
川に入り掛けてた消防署員の皆様が、
この状況へほっとしたような声を上げたところへと鳴り響いたのが、
「こんの馬鹿カメレオン野郎がっ!」
間違いなく子供のお声だというに、
腹に響いて物凄い、随分と力強い怒号の一喝。
「うあぁ〜。」
怒鳴られた本人じゃないってのに、
その場にいた大人の皆様全員が、
何らかのリアクションとして身をすくめてしまい。
勇敢な臨時レスキューの彼の足側を掴まえんと、
ロープを出しての橋の上側から降りかけていた消防署の方々の、
居並ぶ足元の隙間から、ひょこりと覗いたのが、
「………あちゃあ。」
「あちゃあ、じゃねぇっ。
なかなか迎えに来ないと思ったら、
何やってるか、馬鹿ルイっ!」
喉も裂けよとの怒号を続ける坊やの金髪頭を、
傍らからポンポンと叩いてやったのが、
「あ、進さんだvv」
葉柱がオートバイで先行していたその後から、
免許取り立てという桜庭が操る軽四輪が遅ればせながら通りかかったのと、
消防車の面々が到着したのがほぼ同時。
騒ぎの端っこに見覚えのあるバイクがあったのでと、
何となく事情も判った、こちらは力自慢の彼へ、
ヨウイチ坊やが素早く指示を出したようで。
「言っとくが乱暴にして怪我させんじゃねぇぞ。」
「心得る。」
トレーニングウェア姿の仁王様、
消防署員の皆様が関係者以外はと押し返し掛けたのも間に合わず、
欄干の端に見えていた、
最初に総長さんの足へと安全確保ため結ばれたらしいベルトを引っ掴むと、
そぉれとたった一人で引き上げてしまった途轍もなさよ。
周囲から歓声が上がるのに微妙な間が空いたのは、
「………そりゃあ、まあねぇ?」
わぁいと手を叩くセナくんの傍ら、
桜庭さんが何とも言えないお顔で苦笑をし、
「慣れのない連中には、
度肝ぶっ飛ぶレベルのパフォーマンスだもんな。」
「パフォーマンスで済ますか、お前〜〜〜。」
人を宙吊りにしやがってよ。
既に宙吊りになってたではないか。
そうそう♪
〜〜〜いいから降ろしやがれ、進。
あ、そおっとだぞ。その子、怪我してないか?
……まずはそっちかい。
まあまあ無事だったんだから、
どちらさんも落ち着いて落ち着いて。
● おまけ ●
結局、事故でも事情聴取があってということから、
消防署ではなくの最寄りの警察まで向かうこととなり。
今日は練習どころではなくなってしまった皆様だったが。
「……何か俺、
王城とやっても勝てない相性みたいなの
感じたんだが。」
パトカーごときに怯みはしないが、
その前のすっとんぱったんの中で、
あの御仁に小学生と共に軽々引っ張りあげられたのは
結構キタらしき総長さんへ、
「そか?」
小悪魔坊やの方は飄々としたもので。
色々と縁があって、
大会のトーナメントじゃあ
必ず直接ぶつかれるって思ったがな、俺は…なんて。
けろりと言ってやり、
広い肩がちょっぴり萎えてたの、バシバシと叩いてやったほど。
“……たくよ。”
橋の監視映像見て、どんだけドッキリしたことか。
けろっとしてやがったら、
心配させんじゃねぇって
胸倉掴んで怒鳴りつけてやろって思ってたのによ。
微妙に斜めなことへとはいえ、落ち込まれたんじゃ、
発破掛けて励ますしかねぇじゃんかと。
こっそり溜息ついてる小悪魔さんだったそうな。
〜Fine〜 11.09.02.
*いやもう、こちらじゃあ暴風の唸りが凄まじいです。
こういう災害時に必ず聞くのが、
一人で畑や港を見に行ったまま戻らないという行方不明事案で、
気持ちは判りますが、どうか向こう見ずはしないで下さいませね?
めーるふぉーむvv 
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